マスコミの過熱感
インフルエンザ、ようやく落ち着きを見せましたね。先週の月曜日はマスク姿に驚きましたが、もう街中ではそれほど見かけませんね。
これもマスコミの過熱報道の影響でしょうか?!
一時期は感染者の高校生や学校まで取り上げて、まるで悪玉のような扱い報道をしていましたが・・
完全に視聴率狙いの報道であって、結果経済活動が停滞して企業が疲弊し、結果スポンサーがなくなるという単純なロジックが理解できないのでしょうか?
素朴な疑問。
最近、本当に目先の利益しか見ない法人・個人が多くなっている気がします。
原因を考えてみました。
ひとつには教育制度の問題があると思います。
戦後の経済成長期の中で作られた「学歴社会」試験にパスするためだけに、試験対策のパターン(回答)を暗記。
例:1+1=?
回答を求め、回答を暗記するパターンが得意になるように教育されています。結果、社会に出るとすぐに答えを求める人が増えているのではないでしょうか?
一方、海外では回答を導くプロセス(過程)を考えるような教育がなされているようです。
例:?+?=4
上記、複数のパターンが出てきますよね。そのプロセス(過程)は人によって様々。現実の生活でもワンパターンで収まる事象はなく、この訓練のほうがより現実的で個性的であると感じます。
思考のワンパターン化はクリエイティブさやイマジネーション力の欠如にもつながり、応用力・対応力がなくなります。今回のマスコミ報道でも、被報道対象者がその報道を受けてどういう影響を受けるのか?その結果経済にどういう影響を与えるのか?結果自社にどういう影響があるのか?
マスクも同様。
過熱報道により、一気にマスク需要は高まり、マスクメーカーは通常の約3倍の生産能力に上げ対応しているようです。一時的な特需ですが、すでにマスク需要は収まっています。企業経営からすれば、大きな騰落はリスクを伴います。
ではどういう報道をすればよかったのか?は私は素人のため遠慮させてもらいますが、もう少し冷静で長期的、創造的な視点・対応をもつ必要があると強く感じた一件でした。
人生にも答えはありません。
そのプロセス・過程が答えなのかもしれません。
教育の他に、「大義名分」という概念が薄れているということが挙げられそうですね。
人生の豊かさが「経済的な成功」に一元化されていて、「ありがとう」という感謝の言葉を配当金のように受け取る価値観が、大きく薄れているように思います。
考えなく経済的成功を人生の豊かさととらえず、自身がどのようなことを考え行動し、どのような「報酬」を得ることができれば人生に満足できるのか、自分の頭で考える必要がありますね。
金がなくても、全力で幸せな人はたくさんいますし、存在意義の高い組織はたくさんあります。